読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

氏変更、まだ手続き残ってた

奨学金
 →学生機構のマイページから氏変更と口座変更の届出書とをダウンロードして郵送。
…今確認したら口座名義だけ変更されてないんだけど…

 

ふるさと納税
 →自治体の1つは旧姓の場合の変更手続について方法が公開されていなかったので諦めた。
 1つは自治体のホームページに記載があったので変更をお願いした。
 クレジットカードは会社によると思うけど旧姓でも数ヶ月は事情を解ってくれて問題なく支払に使える。

 

ヨドバシの会員
 →インターネットで手続きができなくて放置中。

 

・United Airline
 →インターネットから手続きができたと前回書いたけれど、よくよく見てみると別人の名前になっててちょっと笑っちゃった。
メールして訂正を願い出たら、手作業だから間違えちゃったんでしょうとの返答があり、すぐに正しく直された。
一瞬だけ私はHAYASHIさんになってたのだけど、どこから来たんだろう。
システムのことをよく考えると笑えない。
もしHAYASHIさんも変更の手続きをしていたとしたら、正しく行われたか心配になっちゃうね…。

 

 

郵便物や宅配も今のところ新旧どちらの名前でも受け取れてる。
夫が荷物受け取る時にイトウ(私の旧姓)ってサインするのを嫌がってるけど、だからなんなんだと思う。

 

今年は年賀状をたくさん出さないといけないなーと思っているけれど、もうじき締切なのにまだ印刷してない…。

 

最近また夫婦別姓の話が盛ん。
私は戸籍名を変えて、職場では旧姓で通しているけれど、別姓を貫くのが面倒だからそうしている。
最近、特許が戸籍名で出願されると知った。えー、それは残念。仕事をしているのは旧姓の私なのに。。。
まあ日本の現状では戸籍名しか存在しなくて、旧姓は温情で目を瞑っているだけの通称だもんね。
この気持ち、夫は理解してくれているかなぁ。

 

別姓が選べるならどうしたか。

 

これ読んで、いろいろ考えた。

 

 

結果的に言うと、私は戸籍上配偶者の姓を使っている。
ただしその名前で知り合った人はいないし職場では旧姓のままなので、新姓で呼ばれることは皆無。

改姓に抵抗がなかったかと言うと、ありまくりだ。
前回も書いたけど

名前が変わることについての諸々、特にパスポート旧姓併記。 - 1528mm

ひたすらにめんどくさいし。

ただ私が改姓したくないが為に、夫に改姓を強いるつもりもなかった。
どちらかが変わらなければならないなら、私がしましょうというだけ。
だから嫌々改姓したし、改姓にかかる費用は夫に請求したし、大変だった話もした。
でもまさかめんどくさいだけで嫌がってたわけじゃない。

不利益はあった。
例えば戸籍抄本取り寄せ1通450円×3通
パスポート書き換え6000円。
新しい印鑑。
手続きは平日のみなので会社を休み、様々な場所へ足を運ぶ時間。
気力。
銀行1行は即日名義変更できたけれど1行は時間がかかり、給与振込ができず経理に迷惑をかける(3週間かかった)。
これ、私だけが被った不利益。
選んだのは私だとしても。

何より、アイデンティティとか意地の問題。
28年間、イトウとして生きてきた。
それはありふれた名前だけど、私の姓も名も、父からもらった数少ないものの一つ。
失いたくなかった。

余談だけど、私は28年間イトウとして生きてきた。
7つの時に親が離婚したけれど。
母は父の苗字を名乗り続けた。
そういう権利もある。
だから、この面倒な手続きは1度で済んでも良いということだ。

さておき。
今までの私が次々に消されていくのが悲しかった。
もちろん、大好きな彼ぴっぴと同じ苗字になれるのが嬉しいだけの女の子もいるだろうけど。

そう、女性が改姓する義務はない。どちらかで良い。
職場に、戸籍上は奥さんの苗字の男性がいる。
でも嫌だなって思ってることは、婿入りとか言われてること。
そうじゃないんじゃないかな。
そうだとしても、最早家がどうこうって時代ではないのでは?
私は夫の姓を名乗ることになったけれど、夫の家のものになったつもりはない。
2人で新しい家庭を作るつもりで、アイデンティティはイトウ家にあるし、夫の家の人は新しい親族だと思っている。
嫁入りとか言って、向こうの家の人間として振る舞えなんて言われたら真っ平御免。
だって結婚って、夫婦で新しく戸籍を、家庭を作るっていうものでしょう。

で、もし別姓が許されるとしたら。
私は、別姓にしたかなぁ。
してたかも。
配偶者と「家族になる」という契約はしたかったけど、名前を変えたいわけじゃなかったし。
でも向こうの親になんか言われるのもめんどくさいな。
…めんどくさいな。

今まで通り同姓でも、別姓を選べるようにするでも、良いんじゃないかな。
新姓を作れるようにしたら…またキラキラしたのが生まれるのかなw

とりあえず私はパスポートに旧姓を残せて満足だけど、これができなかったら結婚してなかったかも知れないなー。

 

 

名前が変わることについての諸々、特にパスポート旧姓併記。

7月9日に入籍した。
じゃんけんでどちらの姓を名乗るか決めた。
というのは嘘だけど、私の苗字を変えることにした。

7月9日まで中国に出張していて、帰国後ダッシュして市役所に行って、駐車場でやっぱり結婚やだーと30分ほどぐずって、日付が変わる前に書類を提出。

 翌日書類に不備がありますと電話が来て、再出頭。
名前はなんとか変わったけれど、その後の手続きがいろいろめんどくさかった、というメモ。

 

■市役所

 ・住民基本登録台帳の条件変更
 戸籍を変更しても、住基ネットは自動的に変更されない。別の課で手続き。
 その手続きで氏姓のみ変更。これで戸籍謄本もコンビニで出せるなー、今後の手続きも楽ちんだ、と思っていたら、その変更はまた別にしないといけなかった。
 ということをコンビニで気づいて市役所に3回行くことになった。

 ・原付の登録変更
 125ccなので市役所扱い。標識交付証明書を持って氏変更手続き。
 これは本当に何回も思ったけど、書類の前の名前を書くところと新しい名前を書くところ、どこがどこなのか解りづらい。

 

■警察署

 ・免許の氏変更
 戸籍謄本を持ってさっくり終了。裏面に新しい名前。今年更新したばかりのゴールドなので5年このまま。

 

■銀行と郵便局、クレジットカード、保険、ネットのサービス諸々

 銀行は手続きに合計1時間ほどで、新しい通帳とカード発行。

 郵便局はカードは別送。

 ネットバンク・クレジットカード・保険は書類取り寄せで、免許証のコピーを送付。

 1行は名義変更せず旧姓で残してみた。

 マイレージカードはオンラインで免許証コピー送付、UAはそのまま手続き完了、ANAはカード送ってきた。

 ロリポップでサーバレンタルしてたが氏名変更が自分でできず、問い合わせて向こうでやってもらう形。

 あとAmazonとかネットショッピングの諸々。銀行とカードの変更タイミングによって、どの名前を使えば良いか悩む時もあった。

 

ソフトバンク

 店に行って手続き。

 

■パスポート

 これが本当に簡単ででも大変だった。

 会社では旧姓で通し、海外出張もある。ホテルの予約は旧姓、渡航チケットは新姓。というわけでパスポートに新旧併記したかった。
 東京立川のパスポートセンターで手続きするつもりで、まず電話。
旧姓使用証明書」をダウンロードして記入するだけ、それも社長でなくて上司(私の場合は課長)で良いですよーとのこと。
 必要事項を私が書いて、上司の名前だけ書き込んでもらったらこれが失敗。
 一応手続きはしてもらえたけれど、全て上司の自筆で記入したものをパスポート受理の際に持ってこいとのこと。。。それが常識ですよ? なんて言われたけど、社会人5年やってきてそんな常識初めてだったわ。
 念の為私の名刺(旧姓)と上司の名刺を持ってったら、あれば嬉しいとのことでコピーされた。
 旧姓で海外と仕事しているという証明の為にDHLやYDHの送り状コピー持ってったけどこれはいらなかった。
 また、電話口では旧姓使用証明書だけで良いよって言われたのに結局窓口で「事情説明書」も書かされた。
  1週間後、できあがり。

f:id:noisydrop:20150912233902j:plain

 新姓(旧姓) と記載された。
とは言っても記載だけで、ICチップは戸籍名である新姓のみ。
でもこれで出張行った時ホテルで困らない、はず。
今年から? 記載事項変更でパスポート新しくする時は前のパスポートを訂正するのではなくて新しいのを発行することになって、でも期限は前のと同じで、旅券番号は変わる。
ということで、2015年発行で2022年までのパスポート。大変だったー。

 

■会社

 一番面倒だったのはこれ。
 社内恋愛なんかをした私が悪いのだけど、殊更に騒ぎ立てないでくれ、異動にならないようにしてくれと根回しをし、表面上は今までと同じ。
 住所も変わらないし、私の給与引き落とし口座の名義変更をしたくらい。
 結局どっからか口さがない人が聞きつけて噂が広まってるんだけどさ。
 でもね、誰も面と向かっておめでとうって言ってこなかった。噂をしてるのだけ聞こえる。やな感じ。私、あんまり好かれてなかったんだなーと思う。いいけど。

 

というわけでいろいろいろいろあって長くなったメモ。
あと奨学金の学生機構にはまだ届けてない。。。
ふるさと納税も旧姓の時にやっちゃって、めんどくさーいってことになってる。

 

これだけめんどくさかったから、どんなに嫌いになって反吐が出そうになっても離婚はしないつもり。
距離をおこう。家庭内別居とかね!

 

はまままままままつ

しごと

浜松の木工屋さんに行ってきた。
あの業者行く為に浜松行くと必ずやよい軒で昼ごはんになるんだよなぁ。
いいけど…。

その後別の業者打ち合わせで愛知に初めて行った。
豊橋。初愛知。
あんかけスパゲッティって看板見た。何それ。

豊橋の業者さんに出してもらったおやつが東京の饅頭だった。
打ち合わせ中に小学生が「パパー」って現れた。
「パパいま仕事中なんだよ」って答えてた。
アットホームな職場です。っていうか家じゃん。柱に何本も線と名前書いてあるし。

直線で200kmくらいの移動だった。
静岡長い。

 

あれから1年、病気と体のこと。

突然こんな話でなんだけど、生理が始まったのは9歳の時だった。

その時の私の身長は147cmで、それからほとんど身長は伸びなくなり、12歳で153cmをマークしたところで止まった。
以来、私の見た目は15年間変わっていない。
関連性があるのかないのか判らないけれど。

生理は重い方だったと思う。中学では湯たんぽを抱きながら授業を受け、本当にひどい時は寝込む以外何もできなかった。
電車で目の前の関係ない他人を殴ってやろうかと思うほどの腹痛、腰痛、体の重さ、時に頭痛、そして下痢。
初めからそうだったから、そういうものだと思って生きてきた。

20歳の時、突然大量に不正出血して倒れた。
それから貧血の症状が出るようになり、常に手足はしびれ、疲れやすくめまいがしていた。
気を遣って生活していたつもりだったけれど、ヘモグロビンの値が7.9g/dlから上がらなかった(女性平均は12.0~16.0g/dl)。
医者にかかっても原因は判らず、「ホルモンバランスかねぇ」なんて言われていた。

大学の授業を度々休みながらもなんとか4年で卒業し、就職難と言われた時代に無事小さな会社に拾ってもらい入社。
やはり平日に生理が重い日が重なると脂汗を流しながら仕事をしたり、本当にひどいと動けず有休を取ることもあった。

 

ここまでが前置き。


いい加減この生理痛に苦しむばかりの人生が嫌になって(ちなみに中間痛もひどく、1ヶ月の半分はお腹が痛くてめそめそしていた)婦人科にかかったのが2012年の12月。
ついでに子宮がん検診もしてもらった。

 

2012年12月21日、検診結果を聞いた。職場の忘年会の最中だった。
「子宮頸がんのクラス3b、大きな病院で再検査してください」

子宮頸がんについてはここではどんなものか詳しくは言わないけれど、性感染症の一つで、ウイルスに感染して起こり、クラスはその程度。

 

クラス1は処女さんなので置いといて、2が正常、3が危ないかも知れないよ、4がおそらく軽い癌でしょう、5が子宮頸がんです、という段階で、そして3は更にa/bと分けられているそう。

(その時の恋人さんに病気のことを話したら自分でいろいろ調べたようで、その結果「誰から感染したの?」と聞いてきた。なんてこと言うんだあんたは。このウイルス自体はありふれたもので多くの人が持っているものだそうです)
元々親が看護師でその教科書もよく読んでいたので、よくある話だと自分に言い聞かせながらも、気が気でない年末年始を過ごした。


2013年1月7日、市民病院での精密検査結果でクラス4が確定。
あれよという間に手術同意書や入院手続書を渡され、ぼんやりと会社に戻る。

生理痛で休みがちだったので、入社2年目の私にはほとんど有給休暇が残っていなかった。通院も仕事を途中で抜けて、その分残業して相殺させてもらっていた。
とりあえず親にメールし、上司に報告。全員おろおろしていて、私はだんだん冷静になっていった。

2013年1月31日、入院する為午後半休をもらい、会社から直接病院へ。
病院に着いて、院内の説明と、手術と麻酔の説明をされた。
病室は4人部屋で、私と同じ状況の人と、子供を産んだばかりの人、産んだばかりの子がNICUに入っている人と、なかなか悲喜交々の空間だった。
早い夕食を取ったら絶食。
シャワーは予約がいっぱいで入ることができなかった。
眠れなかったので、薬をもらった。

2013年2月1日、昼から手術。

入った手術室には、焼けた肉のにおいが残っていた。私の直前に同じ手術をした人がいたんだな、と察した。
手術内容としては、癌化している所は目視で判らないので、それっぽい所を焼き切って取るというもの。
切った部分を後日検査にかけ、癌化している所が全て取り去れていたら手術成功、メスの切り口にも癌がかかっていたら、取り去った部分以上に大きく癌化しているということなので全摘。子宮を。
ちなみにこの手術(円錐切除術)をした場合、しなかった人に比べて3割ほど流産率が上がるらしい。まぁそもそも産めるかどうか、いやもっと言えばそんな相手がいるかどうかも判らないのでその辺はあんまり気にしないでおいた。<br>
麻酔は下半身なので意識はあった。それでも腕はだんだん動かなくなり、胸が重く呼吸がつらくなり、それなりに怖かった。
若い男性の医師が緊張をほぐそうとずっと話しかけてきていた。
「仕事何やってるの?」「設計、か、開発で・・・」必死に答えるけれど息も絶え絶え。
希望すれば全身麻酔で眠ったまま手術してくれたのだけれど、私には意識がある中で手術されるよりも全身麻酔をされる方が怖かった。

手術は1時間しないで終わったと思う。


そういえばベッドのままエレベータ乗って手術室入ってって移動するの、重病人みたいで楽しかったなー。
午後は少し眠り、同期が貸してくれた本を読んだりぼうっとしたりして過ごした。
Twitterのみんなが優しくて、生きてて良かったなーって思った。

2013年2月2日、朝食後、退院。少し疲れていたけれど、特に何の異常もなく、ふつうに自分の家に帰った。
土曜日だったので、日曜日をのんびり過ごし、月曜日だけ会社に休みをもらって火曜から出社してふつうに働いた。
休んでいる間に私の持っていた緊急の案件はいくつか別の人に渡ってしまったけれど、何事もなく終わっていた。
会社で全てを知っていたのは上司とリーダーと、あと数人。



切除した部分の検査が終わり、上皮内癌でした、完全に切除できましたという診断がおり、20歳からなんとなく払い続けてた保険もおりた。人生何があるかわかんないなぁ。払っててよかった。
最初の検査から手術入院薬代ぜんぶで10万円ちょっとかかって、保険は60万円くらいおりた。なるほど、これで詐欺が起こるわけだ。
おなかの肉が少し減り、晴れ晴れとした気分だった。

●あれからそろそろ1年。
1ヶ月毎だった検診は3ヶ月毎になった。今のところ再発はしていない。


●ところで最初のきっかけだった重い生理はというと。
子宮筋腫があると生理痛がひどいという話もあるけれど、私の場合は無関係で、じゃあどうしましょうかという話になり、今、ルナベルLDをのんでいる。
低用量ピルを21日間のむことで妊娠したような状態を作り出し、生理来ないようにしておなかを休ませてあげよう、ということ。
これのんでるとホルモンバランスが整って、7日間の休薬中に来る「生理のようなもの」がぐっと軽いものになる。
すごい。本当に痛くない。腰が多少鈍く重く痛むけれど、鎮痛剤のんでしまえば全く気にならない。すごい。

ただそのルナベルLDをのんでいる21日間は、地獄みたい。
12時に服薬すると、14時頃から頭がぼんやりし始め、めまいがひどくなる。時々右のこめかみだけとても痛む。吐き気があり、食欲がない。
18~20時くらいが症状のピーク。
なんとか午後の業務を終えて、動けなくなって会社で少し寝てから帰ることが増えた。
本当は朝のみなさいと言われているけれど、1日具合悪くなってしまうのが嫌で勝手に昼にした。いちばんのみ忘れない時間だったし。

それでも、1ヶ月のうち半分が動けなくなるほどお腹が痛くてのたうち回らなければならないのと、毎日くすりをのんでめまいでぐるぐるするの、どっちが良い? という選択で、今のところ後者を選んでいる。
その副作用は数ヶ月すれば慣れて消えるよ、という言葉を信じて。
のみ始めて3ヶ月経った今、まだひどいけどね・・・。
食欲不振だけ消えた。
あとひどかった肌荒れがさっぱりなくなった。
生理前に理由もなくどす黒い気持ちが湧き上がっていらいらすることがなくなった。
ついでに貧血もなくなった。
あー、私、ホルモン下手だったんだね?

来週の月曜日から、くすり4シート目に突入する。
それを21錠のみ終わる頃に、定期検診がある。
今のところなんとか元気で、こんな感じで生き続けることになりそうです。
その節は、ありがとうございました。

 

…妊娠したい場合はくすりのむのをやめてくださいだって。
いつそんな機会が来るのだろうか…いやーできるかなぁ…まず相手がだね…

 

追記。
いま子宮頸がんワクチンで副作用がどうのって騒ぎになっているし、妊娠もしていないのに婦人科にかかるのに抵抗はあるだろうけれど。
風邪をひいたら内科に行くように、ちょっと違和感があったら婦人科に行ってほしいし、何歳だって子宮頸がんの検査をしてもらいたいなって思う。
市で補助が出ていて無料~1000円くらいで受けられるし、一瞬痛いけれどすぐに終わるし、結果もすぐ出るから。
私は、いろいろあったけれど、全てスムーズにすぐ終わって良かったなって、思う。